最終更新日 2026年9月28日 by neecat
どうも、neecat(にーきゃっと)です。
9月17日に発売された十二国記シリーズ最新刊「幽冥の岸」を読みました。
短編4つが書かれており、前回発売された「白銀の墟 玄の月」に関係したお話です。
「白銀の墟 玄の月」が発売されたのが2019年ともう7年も前で、急いで読み直しました。
今回、「幽冥の岸」を読んだ感想でも書いていこうかと思います。
ー以下、ネタバレあり
短編1つめ
時系列にてきには、「白銀の墟 玄の月」のあとのお話にあたり、登場人物の回想シーンでは「白銀の墟 玄の月」の同時系列にあたります。
実際、「白銀の墟 玄の月」でも今回の回想シーンの一部が描写されていました。
「白銀の墟 玄の月」を読んでるときは、戴の惨状を表すために書かれたのだと私は思っていたのですが、驍宗が阿選にとらえられるきっかけとなっていることに気づきませんでした。
今回の小説では、生きるとはどういうことかと問いかけるお話となっていますが、今を生き延びるためなら、未来を考えると間違っている選択としても選ばなければならないということなのかもしれない。
その人なりのそれを選択した理由がある。
しかし、その選択が別の犠牲を生むこともある。
生きるたまには何を選択しなければならないのか…
考えさせられるお話だと感じました。
短編2つめ
驍宗が先王のもとをはなれて黄海で過ごすお話です。
「白銀の墟 玄の月」では、行動の真意が見えない琅燦が登場します。
子供の琅燦は、まだ騎獣を扱うことを許されていないことを不満に思っている子供らしい部分が垣間見えました。
黄朱として、妖魔が跋扈する黄海での生き方・暮らしの工夫などがわかるお話でした。
琅燦の話になるのですが、琅燦は驍宗のことを尊敬していますが、阿選をそそのかして、驍宗を玉座から蹴落としました。
しかし、それでも驍宗派閥に手を貸す描写もあり、何が目的なのか、よくわからない存在に私は感じました。
興味本位で天の摂理を試し、この場合は天の摂理がどのように動くのか、実験していたのではないかと思うのですが、皆さんは、どう思いましたか?
短編3つめ
時系列的には、「白銀の墟 玄の月」と同時系列か、ちょっと前のお話かと。
驍宗派閥として、身を隠す商人のもとで働く少女のお話。
少女は親ともはぐれ、身を寄せる場所として、奴隷のように、いないものとしてふるまうことを余儀なくされていたが、とあることがきっかけで、ある商人の男のもとに身を寄せることになりました。
少女は、ただひたすらにその男に感謝し、お仕え続けたいと思い、危険な場面でも、その男を守るため、そばにいるために危険を顧みない行動をとるのでした。
自分の人生をすべて捧げたくなるような恩人に出会うことは、この平和な日本ではなかなか無いのかなーと思いました。
たとえそれが困難な道でも、自分にとって幸せがそれならば、と思える人生を歩みたいですね。
短編4つめ
驍宗を阿選のもとから奪還し、泰麒を蓬山に連れて、穢れを癒すお話。
「黄昏の岸 暁の天」でもあった西王母に穢れを取り払ってもらうのですが、西王母は相変わらず冷たく、泰麒の行い(人を殺生したこと)を汚らわしいと一蹴。
仕方がなかったことだと説得して何とか泰麒のことを治してもらうのですが…
この世界の天は、存在していて、国を太平に導こうとしているのだと思うのですが、その割には何もしない…
一体、天とは何なのだ!と聞きたいところです。
話が変わりますが、泰麒を励ますために延麒と景麒がやってきます。
延麒の泰麒を弟分のように面倒を見るところも好きなのですが、景麒と泰麒のやり取りは、なんだかこそばゆい感じがします(笑)
景麒の甘やかさない方針が、でも泰麒のことを大切に思っているところが暖かくて好きです。
これで、戴のお話は、一通り終わりなのかなと思います。
この十二国記シリーズに出会ったのは、私が小学生のときであり、もう20年以上も経っていることに衝撃を受けます。
今後、シリーズ続編が出るかわからないですが、他の国のお話も見てみたいですね。


